2012.05.17

平戸城にて

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平戸城の天守閣からの眺め。 画面中央にザビエル記念聖堂教会の塔が見える

その奥に2年程前に登った小富士山の綺麗な姿が見えた

近くに 裃姿の人がいたので てっきり観光地によくいるボランティアのガイドさんだと思い 「あの山は小富士山ですよね」と聞いてみたけど 知らない様子。「山もいいけど僕も撮ってくださいよ」というので面白い人だと思って撮影した

数日後民放の夕方のローカルニュースを見ていてわかったことだがこの人は「長崎亭キヨちゃんぽん」という吉本のお笑い芸人さんでした

私が彼を撮影している所を 後ろのカメラマンが撮っていて ニュースのその場面に私もチョコッとでていた

あの日は「お笑い城代家老」(初代平戸観光大使)として着任したばかりで 平戸城についてガイドの練習中だったらしい
お城に住み込みで 平戸だけではなく 周辺地域のイベントなどにも出向いて イベントを盛り上げているようだ ご家老様 頑張ってください

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2012.05.15

平戸散策

4月27日 いつものウオーキングのお仲間と平戸を散策してきた 考えてみれば平戸には志々岐山や小富士山他 山登りでは何度も行ったのに 街の中を歩いた事はあまりなかった 平戸は歴史のある町で名所旧跡も多く 又400年ほど前の大航海時代には貿易港であったことから異国情緒も感じられる土地柄である

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有名な教会とお寺が一緒に見られる風景
手前が瑞雲寺 その先に光明寺の経堂と鐘堂 そして又その先に教会の塔が見える 異文化が溶け合った景色である

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幸橋 通称オランダ橋

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平戸城と平戸大橋(赤い橋)

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通称オランダ塀 坂道にくねくねと続いている

石積みを漆喰で塗り固めてある この塀の東側にオランダ商館があった

目隠しと火事の場合延焼を防ぐ目的だったといわれる

            平戸散策(HP)の写真

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2012.05.11

モッコウバラ(2012)

瀋陽の旅日記を忘れないうちに記録しておこうとこのブログに書き始めたのだけど ぼちぼちとしか進まず 途中で忘れた所を調べたりしていて意外と時間がかかってしまった 沢山撮ってきた写真を見てつい思い出にふけったりしたせいもあるけど。

大雑把だけど何とか佐世保に帰りつくところまで終わったので ここで一休み。 まだブログには載せきれなかった写真や 書きたい事があるので 引き続きそれ等もまとめようと思っています

いつの間にか 庭のモッコウバラが満開になっていた(4月23日撮影) 毎年同じ場所から写真を撮っているけど 今年はいちだんと花が大きくて綺麗だった もう今はすっかり花も終わってしまった お礼肥をたっぷりやってそろそろ剪定をしてやらなくては・・・ 

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2012.05.07

3月29日瀋陽→佐世保

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いよいよ瀋陽を発つ日。ホテルを早朝6時にバスで出発し 空港に6時半頃着。8時30分の飛行機で長崎空港へ。

何故こんなに早く出発するかというと この飛行機で 折り返し長崎から瀋陽へ乗客を運ぶ事になっているのだそうだ

お土産物のショップで残った50元(約750円)を使ってしまおうとチョコレート(30元)とアーモンドのお菓子(20元)を買った

30元のチョコを2ヶで50元にしないか・・と云ってみたが若い女性の店員が申し訳なさそうな顔で「プシン」(だめです)と云った 矢張り空港のショップは他のお店のようにまけてはくれなかった それにしても「プシン」という言葉の響きが懐かしかった 昔奉天(瀋陽)にいた頃よく聞いたなぁ

P3290413s 空港の登場口待合室

P3290414s いよいよ搭乗 さよなら瀋陽 充実した旅だった できることならもう一度ゆっくり来たいけれど・・・

11時40分 長崎空港着

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2012.05.06

瀋陽3月28日のサプライズ

Dscf5144s 旅の4日目28日は夫の誕生日だった 夫はその事をたまたま添乗員さんに話したらしい

その日は 大連から瀋陽に戻り 瀋陽のレストランで夕食だった 夕食の時添乗員さんが突然「今回のお客様の中に今日がお誕生日の方がいらっしゃいます レストランにお願いしてバースデーケーキを用意してもらったので 皆でお祝いしましょう」といい 夫の前にケーキが運ばれてきた

Dscf5145s ハッピーバースデーの歌と共にケーキの上のお花に火をつけると 花が見る見るうちに開いて花びらの上にローソクが・・・

誕生日のプレゼント(小さな置物)まで頂いて いい思い出となる誕生日だった

P3280398s  ケーキのあとにさらに卵入りのうどんが出てきた 現地添乗員の説明によると「中国では 誕生日にこれを食べる慣わしがあるのでどうぞ食べてください」 うどんが長い1(麺は切れ目のない1本の麺) 卵が0 それが2ヶ入っているので 100という数字を現しているのだそうだ 「100歳まで生きられる様に」との願いがこもっているという 夫は折角だけどもう食べられないというので 私が代わりに頂いた きっと私はこれで100歳まで生きるでしょう(笑)

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2012.05.03

瀋陽~大連 (瓦房店)

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大連の近くに 瓦房店という駅がある 私達が乗った列車は通過するだけでそこに停車はしないのだけど せめて駅を見たいと待ち構えていたら がぁーッと長い長い貨物列車とすれ違い駅は見ることが出来なかった

瓦房店は私が終戦直前に瀋陽(奉天)から疎開した所である 或る日あわただしく急に疎開する事が決まり母と妹達と家を出た 父は駅のホームまで送ってきたが一人残った

ずーっと後になって親や他の大人から聞いた所によると終戦の年の8月9日にソ連が参戦し 奉天に侵攻するという噂が流れたという 父が「奉天は戦場になるかもしれない」と云っていたのを思い出す あの時夜通し列車に乗って走ったのはここを走ったのか・・・と感慨深かった 

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疎開列車で瓦房店に向かったのは夜だったので 外の景色も覚えていないし 子供だったので当時の瓦房店駅がどうだったかも全然記憶にない

大勢の人たちと小学校の教室で過ごした事は覚えている
結局すぐ終戦になり ソ連軍は侵攻してきたものの奉天も父も無事だったので又奉天に戻った

駅前の広場には多分満鉄の社員だと思うが男の人達が両側を固めた人垣が出来ていた 疎開から帰って来た人達はその間を守られるように歩いて出て私達は荷馬車のようなものに乗り社宅まで帰ったような気がする その時の事でもう一つ忘れられないのは 列車から降りて広場に出るまで線路上をぞろぞろと皆でかなり歩いたが 母は身重で荷物を持ち 小さな妹はぐずって歩かないのでだんだんと団体の人達から遅れてしまった それを見かねて銃を持った警備のロシアの兵隊が妹を抱き上げて 団体の列に追いついてくれた事 本当にありがたかった

2枚の写真は瓦房店の駅の近くの風景。 帰りは是非瓦房店駅を見たいと構えていたけど結局又貨物列車に邪魔されて見られなかったので 通り過ぎた所の風景。 貨物列車とは何回もすれ違った 

思えば 父が満鉄社員だったにもかかわらず 私が奉天で物心ついてから列車に乗ったのはこの疎開の時と あと引揚船が出るコロ島まで無蓋車に乗った事くらいかな 引揚後65年も経ってから もう1度瀋陽を訪れる時代が来るなどと 父は考えただろうか 一番来たかったのは父だっただろうに・・・そんな事を考えながらの列車の旅だった

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2012.05.02

瀋陽~大連 (駅、沿線風景)

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2012年3月27日 瀋陽北駅から大連へ。 瀋陽北駅は今拡張工事のためここは仮の待合室 朝8時前だというのにこの混雑ぶり。

瀋陽北駅は今の駅舎の後ろに更に拡張され ショッピングモールなども出来るらしい 工事でごたごたしていた

P3273737s 瀋陽北駅のホーム ホームの向こう側に新幹線の車輌らしいものが見える

P3273728s 私達が乗る列車「特快」はこれ

P3273735s 列車の内部 ゆったりしている

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沿線には なにやらロシア風にも見える綺麗な建物が見える

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でもこんな風景も。建築の様子から見て おそらく満州時代に日本人が建てたものではないかと思われる

空き家のまま放置されている様子だがきっと間もなく取り壊されてしまうのだろう

沿線には 崩れかけた住居もいくつも見られた




P3273756s 大連駅のホーム ここも人、人、人、どこに行っても人が多い 正面はエスカレーター 

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2012.05.01

瀋陽~大連 (列車の旅)

Dscf5045s 瀋陽~大連間は4時間 満鉄の列車が走っていたのと同じルートを走る 列車は「城際特快」(都市間特急)

2011年6月に新幹線が北京~上海間に開通していて 来年にはハルピン~大連間にも新幹線が開通する予定だとの事。

ガイドの説明によると新幹線開通後は瀋陽北~大連間の所要時間は約1時間程になるそうである

そして客車の殆んどは新幹線の方に移動し在来線は貨物車が主になるらしい  また新幹線は高架を走るようになるので 現在のこの列車の沿線の眺めも来年以降はもしかしたら見られなくなるところだったわけで その点からも今回思い立って来てよかったと思った

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車内販売の飲み物とアイスクリーム 価格はどれも1ヶ5元(約75円)アイスクリームは美味しかった 
他に南瓜の種やピーナッツなどナッツ類も販売していた   

   

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新幹線の工事現場で働く人達(車窓より)
途中の沿線には出来上がった高架や橋脚などが見えた 

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ハルピン~大連間の新幹線の終着駅は新しく出来る「大連北駅」 現在の大連駅より北の「南関嶺」に新しく「大連北駅」を建設中。(車窓より)

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何故かほっとする風景。私の記憶にあった満州のイメージそのままの風景が現れた

前日大連に向かう時は小さな川や池はまだ凍った所もあったのに 帰りは気温も上がり ゆったりとしたこの川の流れはもう早春を感じさせるものであった

長い冬が終わって春が来た時の大きな喜びを思い出す
暖かくなれば川べりには今もアヒルなんかが泳いだりするのだろうか?

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それにしても この列車の乗り心地は快適でよかった

シートもふかふかで綺麗 トイレも清潔 申し分なかった

4時間の旅も退屈するかと思ったが 車窓の眺めを充分楽しめて退屈はしなかった                       

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2012.04.20

3・28(第四日目)大連市内観光

4日目は専用バスで大連市内観光 中山広場 旧ヤマトホテル ロシア風情街散策 昼食は大連郷土料理 列車にて大連から瀋陽へ移動 瀋陽に到着後買物と夕食。

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大連賓館(旧ヤマトホテル)から見た中山広場

旧ヤマトホテルでは日本統治時代の写真文物などを展示してある「館内陳列室」と「迎賓室」を見学したが 撮影は禁止。

その後「ロシア風情街」を散策

P3280331s ロシア街の入り口。ロシア統治時代の「東清鉄道汽船会社」の社屋だったもの
現在は「大連芸術展示館」

この建物とそっくりのレプリカが門司港レトロ街にある
両市の友好都市条約締結の記念に建てられたもの

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日本語が上手な現地ガイドが云うには ロシア街のこの通りの殆んどの建物が復元されたものなので  あまり価値はない 是非見て欲しいのは一番奥にある白い建物だ・・・と。

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その白い建物がこれ。ロシア統治時代のダーリニア市(大連市)の市役所 その後1年間だけ満鉄本社 その次は大連ヤマトホテル 満州資源館などとかわっていった

昔の写真を見ると 正面に噴水があり ロータリーになっている
建物は殆んどそのままである

もう100年ほど経っているので
今は空き家のようだ よく見ると荒れたまま放置されているようで このまま朽ちていくのかなぁともったいない気がした

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 この建物も元のままのもの。
ダーリニア市長の邸宅だったがそのあと満鉄総裁の邸宅となった  今は2階が「船舶技術専門学校」の事務所になっているらしい

P3280361s 大連満鉄本社跡 ロシア街の観光後 バスで移動中に ガイドさんが突然 「あっ満鉄本社です 写真を撮りたい人はバス降りて撮っていいですよ」と云ってバスを止めてくれた

矢張り瀋陽、大連には 旧満鉄関係者の日本人がかつての満州時代を懐かしんでかなり訪れてくるのだろう (私もその一人だけど)ガイドも対応に慣れている 

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2012.04.14

3・27日(第三日目)旅順観光

瀋陽北駅から列車で大連へ移動(約4時間) 大連駅から専用バスで旅順まで移動(約1時間) 旅順観光後大連市内のホテル泊

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「東鶏冠山」 日露戦争の時ここにロシア軍の堅固な堡塁(トーチカ)が築かれていた 今もトーチカ跡は残っていて弾丸の跡や日本軍が爆破した跡も残っている

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「203高地」 日露戦争で一番の激戦地だった所 日本軍ロシア軍双方に多くの戦死者がでた

砲弾の形をした塔の「爾霊山」という文字は乃木希典の揮毫による

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旅順港 霞んでいて肉眼では何とか見えたが 写真ではあまりはっきりしない

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乃木大将とステッセル将軍が会見した水師営(民家)

復元したもの 中には会見の様子の写真や日露戦争に関する興味深い写真が展示してあった

 

    旅順の写真 →   http://01.ips.fdinet.fujifilm.co.jp/9996916788/203kouti

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